ヒット カウンタ

空手の有段者が、素人にケンカで不覚をとった話


はじめまして、○○県に住む○○と申します。
自分は今1年くらいフルコン系の空手を学んでいる空手初心者です。
社会人、35才です。

常々、貴サイト(随想や技術、理念)をとても興味深く拝見してもし私が近場にすんでいたなら、ぜひとも見学にうかがいたい、入門したいと思う道場の一つです。

もしお時間があればぜひ見解をきかせていただきたくメールいたしました。

恥ずかしい話ではありますが、私が空手を習っていく大きな動機の一つとしてかなりのウェイトをしめているのは、例えば街頭や電車内での理不尽な暴力に屈する自分ががまんできず、
それでも屈してしまう自分が情けなくそんな場面で正々堂々とした態度をとりたい、と願うからです。

(そういう暴力に自分が巻き込まれたというわけではなく、他人がそういうものにさらされているのを何度か目撃した経験なのですが。屈するというのは、それをただ見ているだけ、という意味です。)

そこでご質問なのですが、何度かこういう話をどこかから聞いた事があります。
曰く、
「空手や拳法の有段者が、街でまったくの素人にケンカで不覚をとり、負けてしまった」と。

もしそれが本当なら、その個人個人で格闘した時の条件は違うとは思いますがそうなる事は別段不思議なことではない、というくらい起こりえる事だと思いますか?
例えば体重70kgの空手有段者と120kgの巨漢素人で、とかいうならイメージが沸かないことはないですが、前述した動機をもって空手を習っている私は、この手の話がやけにひっかかるのです。

「同じ有段者でも人による」というだけの話なんでしょうか?
もし素人が勝ったとすると「どういう勝ち方」をしている可能性が高いのでしょう?

お時間のあるときにでも見解をいただければ、と思います。
今後も更新を楽しみにしております。

 

このご質問には二つのポイントがあります。

最初の一つは、
空手(拳法)の有段者が喧嘩で負けた「話」です。

自分で見たり体験したものではなく誰かに聞いたという話です。
実はこの素人に不覚を取った有段者の話は、空手を少しでもやった人間は必ず聞く話なのです。

それも、かしこまった話ではなく、同僚、仲間内の裏話的なものです。
「○○道場の○○さん、あのスゲーツエー人、先斗町の飲み屋でチンピラと喧嘩になってボコボコにやられたらしいよ。でもこの話内緒な・・・」

この手の話は、山ほどあります。
ほんとうに身内の小さな話から、有名人の話まで。

「このまえ全日本で優勝した○○会の○○、新宿でヤクザにからまれて時手も足も出なかったらしいよ」
「ブルース・リーは日本に来た時、羽田空港のロビーで日本のチンピラに喧嘩をふっかけられて一発でノックアウトされたらいしよ」

これらの話は全て自分の目で見たり体験した話ではなく聞いた話なのです。
私の若い頃聞いた話で有名なものは

「○○さん(伝説的に強い方です)は、ヤクザと喧嘩になって最初は勝ったんだけど、相手がその場にしゃがみこみ、大丈夫か?と声をかけた途端に相手が隠し持っていたドスで腹を一突きされ重症を負った」
という話です。
それとまったく同じ話を10年位後違う道場で○○さんの名前だけ違ったバージョンで聞いたときはびっくりしました。

学生の時、親しい友達から、その友達のごく親しい人の話としてもっともらしく聞かされる有名な話があります。
それは「死体洗いのアルバイト」の話です。

すごくいい金になるんだけど、消毒の匂いで変になったとか、しばらく飯が喉に通らなくなったという話です。
私の学生の頃はベトナム戦争で死んだ米兵を洗う話でしたが、時代とともに医科大学のホルマリンのプールに浮かぶ死体になったり、様々なバージョンがあります。

共通点は、必ず友達のごく親しい知り合いの話として語られる点です。
嘘ではない、とか本当の話だとかならず但し書きもつきます。

でも、実際にやったという人におめにかかったことはありませんし、正式な求人情報や現場を自分の目で確認したこともありません。

この手の話はさがせば他にも沢山あると思います。
「えっまさか」、という感覚と、「本当かもしれない」というもっともらしさの二つが融合してできる噂話なのでしょう。

「死体洗いのアルバイト」の話はおいておくとして私の知り合いの空手有段者で素人に噂ではなく実際に不覚をとったという経験のある人はいません。
私にも経験がありません。

「有段者が素人に不覚をとった」話の大部分はこういった噂話の類だと思います。

しかし、この話にはもう一つのポイントがあります。
実際にやってみて有段者が素人に不覚をとるということは本当にないのだろうか、という視点です。

まず似た体格、体力であれば有段者と素人ではまず番狂わせはありません。
もちろん勝負はやってみないとわかりませんから断定はできませんが、30年以上多くの初心者や熟練者の両方を見てきた私には番狂わせはきわめて稀にしか起きないだろうと思います。

ただ、当てる空手の経験の少ない方は、実戦における自分の実力を正確に把握できていなケースもあり、実際の戦闘能力云々以前に自信を持てないケースは割と多く見聞しています。

フルコンルールで実際当てたり、伝統系であっても当てる地稽古を十分積んだ者は、ある程度実戦に近いシミュレーションの体験が豊富なので、自分の実戦力をかなり正確に把握しています。
こうした人は素人に不覚をとるということはまず考えられません。

ただ、素人と一言でいっても、たまたま武道に関してのみ素人で、他のスポーツの熟練者という人もいます。
例えばフットボールや重量挙げ、体操やスケート等の一流選手は、人並み外れた体力や身体能力を持っています。
こういった人たちはいわゆる素人の範疇には入らないと思います。

現空研にも武道は初めてだけれど他のスポーツでは一流の選手がいましたし現在もいます。
やはり、彼らの身体能力はずば抜けていますので、他の一般の人とは上達のスピードは全然違います。

彼らであれば素人といえども、ケースによっては有段者に一泡ふかせる場面もありえると思います。
それでも、やはり格闘技は格闘のみを専門として特化した技術ですから、身体能力だけで熟練した格闘の専門家にいつも対抗するのは難しいというのは私の多くの人達を見てきた経験から断言できます。

私は「強さ」の意味には「自分の強さを客観的に知る」ということも含まれると思います。
自分の強さを正確に知らないものは、どこか自分に不安を持つものです。

それが、実際には実力があっても、「もしかしたら素人にも不覚をとるのではないか」という不安となって表れると思います。
実戦における自分の実力を知る一番手っ取り早い方法は、フルパワーのガチンコ組手を何度も行ってみることです。

体力のある素人や初心者に力いっぱい殴りかからせてみます。
それを、受けたり、さばいたりすることで、フルパワーの人間の戦いの顛末を体で知ることができます。

それも数多くいろんなタイプの人とやるほうがよいでしょう。
ただ、フルパワーのガチンコ組手はそのまま行うと大変危険です。

また、お互い仲間であると遠慮が働いて思いっきりできません。
自分が遠慮しているとき、いきなり遠慮なしの突き蹴りをもらうと頭にきて喧嘩みたいになることもありえます。

こうした点を考えて、適切な防具を装着して安全を確保した上フルパワー(ガチンコ)の組手を数多くやるというのが、私の提唱する合理的な稽古なのです。

ただ、顔面に関しては、私は脳の損傷を社会人として皆無にしたいので、顔面だけは実際に当てさせないという方針です。
この点だけは実戦のシミュレーションとしては、不完全なところでしょう。

但し、これだけは絶対に言えるのですが、相手が素人であろうとなかろうと、実戦ということになれば、どんなに強い人でも結果に絶対はありませんから、恐怖も不安もあって当然です。

しかし、理不尽な暴力に対して自己防衛しなければならないという場面にでくわしたとき、貴方が組手経験豊富な有段者であれば、素人とは比べるべくもない適切で力強い行動が取れるという事は間違いありません。


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