ヒット カウンタ

真昼の決闘

こいつとはいつか決着をつけなければならない。
毎朝ゴミをだすたびにガンを飛ばしてくるこの野良犬。

ゴミ集積所は毎朝こいつが食い散らす生ゴミが散乱している。
しかも、人間を恐れる様子が全くない。

近づけば離れるのだが、3m以上逃げることはない。
この距離だと絶対安全だと動物的勘で知っているのだ。

石を持てば必ず人込みのなかに入る。
人間が人間に向かっては決して石を投げないことも知っているのだ。賢いやつ。

無視すれば挑発するように近づいてくる。
回し蹴りでも食らわしてやろうと考えでもしたら、考えただけでさっと引き下がる。

こいつ、心の中が読めるのだ。「さとり」のようなやつだ。
しばらく無視することにした。それしか方法がないのだ。

毎日顔を合わせるたびに、こいつはよけい、なめた真似をはじめた。
まるで、挑戦するようにこちらが捨てたごみをねらって小便をひっかけるのだ。

しかも、こちらが後ろを向くと同時にだ。

なんで、こんなやつに挑発されなきゃならないんだ。
見てろ、いつか蹴りをみまってやる。

しかし、策がないままいたづらに月日はすぎさっていく。
今日もやつの小便の気配を背後に感じながら、くやしさにふるえながらアパートにもどる私であった。

ある日部屋でぼんやりとテレビを見ていると、飛び込んできたブルースリー。

あっ!

私はさけんだ、これだ。
これしかない。

やつを倒すのは。
私の目に飛び込んできたのはブルースリーの繰り出す見事な後ろ蹴りだった。

その当時、空手の技は突きが主体で蹴りはなかなか審判にとってもらえず、それもほとんど正面蹴りだけといってよい時代だった。
回し蹴りだの後蹴りだのは技としては存在しても、試合で使うことなどほとんどなかったのだ。

これだ。
やつは、こちらが後ろをむいた瞬間すかさずゴミに近づいて小便をひっかける。

こちらが振り返るとすばやく逃げるが、そのままの体勢で蹴りをくれてやれば。
おもわずニヤリとする私であった。

毎日後蹴りの特訓が続いた。頭の中ではロッキーのテーマ曲が鳴り響いている。
そして、苦節一ヶ月。

磨きにみがきをかけた宝刀を放つときが来たのだ。
タイミングはいやというほど事前にシミュレーションしてある。イメージトレーニングも夢の中でも行った。

私にはイメージがありありと焼き付いている。
何でもないふりをしていつものようにごみを置く私。

笑いながら(わらってはいないか)近づく、やつ。

くるっと後ろを向く私。

さっと小便をかける、やつ。

えやー!!

ノーモーションで繰り出された電光石火の後ろ蹴り。
イメージ通りだ。

ではなかった。
やつは、何とそのときノーモーションで2m近くも真上に飛び上がったのだ。

むなしく空を切る私の後ろ蹴り。
やつを蹴飛ばすはずだった私の左足は、やつの小便でしっかり濡れていた。

大学2年目の夏の事件でした。

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