ヒット カウンタ

脱力とパワーの関係


空手である程度上手になってくると、組手において必ず言われる注意点として「力むな」という言葉がある。
空手に限らず、その他の武道、スポーツで共通して言われる言葉ではないだろうか。

いや武道、スポーツどころか音楽や芸能あらゆる分野に共通する注意事項のような気がする。
「力む」とは力が入っていて、体を緊張させている状態のことだ。

武道やスポーツにおいては、あらゆる動作は筋肉を使ってこそ成り立つ。
すなわち、ある程度は力まない事には、何も始まらない。

そんな事は言われなくても分かっているって。
問題は、必要以上に無駄な力を出すなって事は知識としては皆知っている。

適切な力を使い、不必要な力は抜けということだ。
これが言葉では分かっても、なかなか実感としてわからない。

先日、道場でマットを使って脱力した状態での突きを実演させてみた。
自分の腕が故障していると仮定し、腕には力が入らないという状況を仮想して体の捻りだけで突かせるのだ。

腕に力を入れなくても、結構重い突きができるということを体感できた人も多かったのではなかろうか。
本当に威力のある突きや蹴りは、カチカチとした機械的な動きではなく軟らかな鞭(ムチ)のようにしなりのある動きから出てくる。

プロゴルファーの岡本綾子さんという方は皆ご存知だと思う。
日本人で初めてアメリカで賞金女王になった方である。

彼女のスイングは、全く力みが無い。
流れるようなフォームでまるでクラブを鞭のように使っている。

それでいて、アメリカのパワーヒッターにも全然負けない飛距離を得ている。
ゴルフボールの飛距離は、飛び出しの角度が一定であればインパクト時のヘッドスピードで全てが決まる。

ヘッドスピードを決めるのはパワーだが、単なる力持ちというだけではヘッドスピードは上がらない。
彼女と同じような特長を持っている人にアメリカの大リーグで活躍しているイチロー選手がいる。
彼のスイングもバットをまるで鞭のように使っているのがわかる。

物理的に言うとパワーをいかにインパクトの瞬間にヘッドスピードに変換できるかということがポイントになる。
そのポイントを理解するためにはもう一つ生理学的な知識が必要だ。
物理的には一定のエネルギーでも、人間の筋肉はエンジンや電気モーターと比べて極端な特性がいくつかある。

その一つは、力(トルク)はそこそこ強いがスピードが極端に遅いということだ。
これが電気モーターやエンジンと比べた場合の筋肉の特長だ。

次に、内部抵抗が大きく、スピードを増すと極端に内部抵抗が増えるというこだ。
これは何を意味するかと言うと、少しパワーやスピードを増す動きをすると内部損失は桁外れに大きくなるということだ。

10の力(エネルギー)で100回できる動作を20の力(エネルギー)で行うと、物理的には50回できる計算になるが、実際はとてもそんな回数できない。
すぐばててしまう。

全力(フルスピード)の突きや蹴り、あるいは自分の限界点の高い蹴りを連続で行うとすぐ息が切れる。
これを、ほんの少しだけスピードを落としたり蹴りの高さをセーブするだけで疲労が極端に少なくなることは誰も経験上知っていると思う。

こうした筋肉独特の特性を考慮すると、「力むな」という言葉に隠された生理学的、物理学的な意味が見えてくる。
筋肉はエンジンでいうと極端な高トルク低回転型のエンジンだと考えればよい。

したがってスピードを出す動作は本質的に不向きな特性なのだ。
同じボールでも手で投げるよりバットやクラブを使った方が遥かに速く、また遠くに飛ばせるという事実がその事を証明している。

バットやクラブはそれ自体では何のエネルギーも生まない道具だ。
トルクをスピードに変換する機能しかない。
車で言えば変速機だ。

この変速機を上手く使うこつを表現したものが「力まない」という感覚を表す言葉なのだ。
つまり力まないということでもともと高トルク定回転型のエンジン(筋肉)をうまく変速して、ある瞬間(インパクト時など)に高速(高出力)を得ることが可能になるのだ。

体を鞭のように使うことをゴルフではレイトヒッティングという言葉で表すことがある。
これは、初動からインパクトまでの時間をなるべく引き延ばすということに通ずる。

速度の遅い筋肉の力をスピードに変換するためになるべく長い加速時間を稼ぐというのがその原理である。
同じ力であれば加速時間が長ければ長いほど最終速度は速くなる。
インパクトのエルギーは、質量と速度の二乗の積に比例する。

質量はゴルフのクラブでも空手の拳でも一定である(実は厳密には違うが)のでエネルギーは速度で決まると言って過言ではない。
したがって速度を得るには長い加速時間と大きな力が必要だ。

ここに、言葉として矛盾というか誤解の元がかくされている。
最終的な高速度を得るためには力は必要だ。
そしてもう一つ加速時間が必要だ。

加速時間を稼ぐためのコツが「力まない」という表現になっている。
そしてもう一つの加速を得るための力(トルク)これも必要で、これは言葉にすると「力を入れる」ということになる。
これを合成すると「力を入れて」「力むな」ということになる。

言葉上では矛盾であるが、内容は矛盾ではない。
最初の「力を入れて」は高トルクを意味し、2番目の「力むな」は加速時間を稼ぐことを意味するからだ。
(この矛盾ではあるが矛盾ではないという事をかなり前に矛盾と題したコラム(?)で述べたことがある)

その他にもその加速に必要でない個所の筋肉を緊張させて内部抵抗を増し、結果的に加速度を鈍らせる弊害を無くすという意味も「力むな」には含まれるだろう。

トルクを稼ぐための「力」は筋力トレーニングで得ることができる。
一方「力まない」こつを獲得するには、技(技術)の習得が必要だ。

技と力はこうして両輪となって総合的な強さにつながっていくのである。

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